伊藤忠テクノソリューションズ株式会社(以下、CTC)は、伊藤忠商事株式会社(以下、伊藤忠)と共に太陽光発電や風力発電などの変動性の高い再生可能エネルギーを束ねて、需要家および小売電気事業者に電力を提供するアグリゲーションビジネスを実施している。本稿ではその概要について紹介する。
(株式会社ビジコミ発行 ビジネスコミュニケーション2024年4月号掲載記事を一部編集)
エンタープライズ事業グループ 科学システム本部
(左)科学ソリューション技術部 部長代行 日高 政志
(右)科学営業第2部 営業第3課 課長 佐治 憲介
FIT 制度からFIP 制度へ~アグリゲーションビジネス活性化への期待~
2012 年7 月、日本において再生可能エネルギーを固定価格で買い取るFIT(Feed-in Tariff)制度が実施された。FIT 制度は、再生可能エネルギーによる発電の売電単価を長期的に固定することで多くの企業や一般家庭における再エネ発電設備の導入を促進することを目的としてい
た。そのため、施行後再生可能エネルギーの発電は増大し普及した。しかし、FIT 制度には大きく2 つの課題を有していた。
- 電気を利用する全国民が負担する「賦課金」の増大
- 電力産業全体でのコスト低減や、再生可能エネルギーのさらなる導入拡大につながる取り組みの停滞
これらの2つの課題を解決すべく導入されたのがFIP(Feed-in Premium) 制度だ。FIP 制度は、再生可能エネルギーをプレミアムと呼ばれる補助を上乗せした金額で電力会社が買い取る仕組みで、FIT 制度のような固定価格とは異なり、市場価格と連動することで再生可能エネルギー主力電源化へのステップになると考えられている。
一方、発電事業者の立場からするとFIT 制度からFIP 制度への移行により、政府主導から事業者の意向を反映しやすくなったものの、売電価格が“固定”から“変動”に変わることでバランシングを考慮する必要が生じてきた。バランシングとは「発電可能な再エネ電気の見込みの数値(計画値)」と「実際に発電した数値(実績値)」を一致させるための調整を意味する。発電事業者は申告する計画値と実績値に差が生じた場合、その差を埋めるための費用(インバランス)を払う必要があり、FIT 制度では免除されていた負担を自ら負わなければならない。また。FIP 制度の下では発電事業者の負担はコスト面だけでなく、需給管理や売電先の検討なども自社で行う必要がある。
こうした需給調整を自社で行うのが難しい企業も多い。そのため昨今、アグリゲーションビジネスへの期待が高まっている※1。
伊藤忠と共にアグリゲーションビジネスの実証を推進
2050 年までに温室効果ガスの排出量をゼロにすることを目的としたカーボンニュートラル/脱炭素社会の実現のためには、再生可能エネルギーの主力電源化が大きな役割を担うことになるだろう。そのためには、再生可能エネルギーの電力市場への統合を進めることが重要とされており、先に触れたように発電事業者には電力の需給状況や市場価格を意識した適切な需給管理が求められる。
こうした背景の下、CTC は2021年8 月から伊藤忠と共に、九州エリアの複数の太陽光発電所を対象として、伊藤忠が保有する電力の需給管理に関する知見と自社が保有する発電量予測・最適化・ICT 技術などのデジタル技術の知見を組み合わせ、以下の4 項目に焦点を当て、「再
生可能エネルギーの主力電源化に向けたアグリゲーションビジネス」に取り組んでいる。
- 太陽光および風力の発電量予測技術の検証
- 発電及び需要の計画と実績の差異であるインバランス回避手法の検討
- 再生可能エネルギー需給運用最適化の手法の検討
- 事業サービス化に向けた検討
CTC は、2050 年までに自社事業に伴うCO2 排出量ゼロを目指す中長期の環境目標「2050 CTC 環境宣言」を策定し、自らも持続可能な未来の実現に向けた取り組みを推進しているが、今後、実証実験の範囲や地域の拡大を図り、将来のアグリゲーションビジネスの具現化を含め、再生可能エネルギーの普及と脱炭素社会の実現に貢献していく予定だ。
図1 アグリゲーションビジネスの実証
需給管理および電力取引を支援する「ReRAS」を開発
CTC は、エネルギー分野で20 年以上にわたり再生可能エネルギー事業開発の技術コンサルティングサービスを提供しており、予報業務許可を受けた民間気象事業者でもある。また、日本初の天気情報専門サイト「WeatherEye」をはじめ、各種産業向けの気象情報サービス、CS、CATV 向けの天気番組、Web のお天気関連情報、モバイル向けの音声・テキスト・画像情報サービス、デジタルサイネージでの実績を有する。
CTC は、それらの知見の積み重ねと共に継続的に開発してきた発電量の予測アルゴリズムをアグリゲーションビジネス向けに最適化し、2023 年3 月「ReRAS( リーラス:Renewable Resource Aggregation System)」を開発した。
ReRAS は、アグリゲーター※2や発電事業者の需給管理および電力取引を支援することを目的としている。
ReRAS では、太陽光・風力発電所における発電量の予測/ 実績データ及び気象予測データに基づいて機械学習した発電量予測モデルを構築し、電力取引スケジュールに適した発電量予測を可能としている。電力事業者のインバランスを削減し支援することに加え、発電量の予測の精度を高めることを目指す。
また、予測データを活用した日々の電力の取引情報を蓄積・分析し、アグリゲーションビジネスのPDCAサイクルを回しながら、再生可能エネルギーの変動リスクのマネジメントも実現できる。
柔軟なサービス改善に向けてAWS クラウドを採用
伊藤忠とのアグリゲーションビジネスにおいて運用されているReRAS は、ビジネス規模の変化や電力システムに関連する制度変化に柔軟に追従してこそ成果を生む。システムを運用しながら柔軟に改良を加え、迅速にサービス化していくためにはどのような手法を取るべきか? CTC は、DevOps 環境の稼働インフラとして最適なクラウド上にReRAS を構築することを前提に、
パブリッククラウドを選定することにした。CTC では従来からさまざまなプロジェクトのデジタル基盤としてパブリッククラウドを利用しているが、特にAWS クラウドの導入実績・経験・技術力・知見が豊富で、社内にAWS を扱えるエンジニアが多くいることから、ReRAS の稼働
インフラとしてAWS を採用することとした。
AWS 決定からわずか約3 カ月後、CTC は“開発時点での最適化”ではなく、ビジネスの変化や拡張に伴って機動的にアルゴリズムを改良・サービス化できる“将来を見据えた最適化”が可能となるよう、ReRASをAWS のクラウド上に構築したことを発表した。尚、ReRAS は大きく分けてアプリケーション基盤、データ基盤、管理基盤、実証基盤の4 つの領域で構成されており、サーバーレスコンピューティングサービス「AWS Lambda」、クラウドストレージ「Amazon Simple StorageService(Amazon S3)」、クラウドリレーショナルデータベース管理システム「Amazon Aurora」などのサービスを使って構築されている(図2)。
図2 ReRAS 概要
AWS 上での構築により、これまでReRAS の課題として、「ビジネスの変化・拡張に伴い機動的に改良できるDevOps 対応基盤が必要」「実証から始めるために、機能・コスト面でスモールスタートへの対応が必要」といった課題を解決に導くことができた。またスモールスタートで実証を開始し、徐々に拡張、運用コストを予測することが可能となっただけでなく、AWS のカーボンフットプリント指標により、運用によるCO2 排出量を把握することができることも特徴だ。
アグリゲーションビジネスの積極的な展開に向けて
CTC は最先端のデジタル技術にこれまで培ってきたシミュレーションや最適化などの科学工学分野の知見を加え、ReRAS のさらなる機能拡充を図るとしている。また、ReRAS を起点として国内における再生可能エネルギーアグリゲーションビジネスの活性化を目指し、再生可能エネルギー発電事業者やカーボンニュートラルを目指す需要家企業への支援を通じて、脱炭素社会の実現に貢献する考えだ。
さらにJEPX(日本卸電力取引所)の実績データや広域需給状況に関する各種公開データなどを取得する機能、インバランス低減に向けた最適化機能などの実装を計画している。
今後、ReRAS を中核に据えたアグリゲーションビジネスをさらに積極的に拡充していく。
※1 参考:https://www.eneres.jp/journal/re-aggregator/
※2 電力を束ね、効率的かつ安定的に電力を供給する事業者。アグリゲーターは特定卸供給事業者制度のもと届け出が必要。ライセンスを取得している専門性の高い企業がその役割を担う。