伊藤忠テクノソリューションズ株式会社(以下、CTC)みらい研究所(以下、みらい研)は、未来を見据えた先端技術を発掘・創造し、事業化に向けた取り組みを推進している。本稿では、地方創生や循環型社会に資する5G・6G の在り方を考察する。
(株式会社ビジコミ発行 ビジネスコミュニケーション2024年10月号掲載記事を一部編集)
みらい研は、5G のキラーアプリケーションソフト、すなわち5G を社会に広く普及させるためのアプリケーションは、未だ出現していないのではないだろうか、と疑問を呈す。連日のようにメディアでXR、遠隔医療、自動運転等への活用の可能性が提示されるものの、我々の生活に深く浸透しなければ5G の開発目的を達成できたとは言えない。Beyond5G/6G に向けて技術ばかりを進化させるのではなく、社会実装を深化させることも重要だ。こうした考えのもと、みらい研は“人間の未来の幸福”に繋がる仕組みづくりに取り組んでいる。
佐藤は次のように語る。「ここ数年、デジタルとデータを地域創生に活用しよう、といった潮流がありますが、私はさらにデザインを付加する必要があると考えています(図1)。これからどのような社会に暮らしたいのか、描く理想は地域によって異なります。地域創生のうえ
では、各地域に生活する住民の理想の社会をデザインする、そのためにデジタルやデータを活用する、さらには高度化したBeyond5G/6G を駆使する・・・・・テクノロジーありきではなく、少し視点を変えてモノ・コト・ヒトのうちのヒトに寄り添ったアプローチが大切だと思います。」
地方創生のためにデータを利活用する際、単一の領域ではなく複数の領域に跨るデータを掛け合わせることも重要だ。例えばドローンによる空撮画像データ、気象データ、過去に被災した地域データ等を掛け合わせることで災害時のシミュレーションをしたり、被災時の物資救援に役立てることができる。自然災害が多発する日本にあって、日頃から行政が地域の特徴を捉え、率先してこうした備えをすることにより、住民の安心は増す。また、地域が保有する地形データをオープンデータとして公開することで、ゲームやメタバース観光に展開され、地域ビジネスの活性化につなげることもできる。
佐藤は、みらい研が注力する循環型社会の構築について次のように説明する。「ネイチャーポジティブを例にとると、自然再興だからと言って単に森を再生しよう、というのではなく、森が再生したことによって地域のCO2 排出量がどのくらい削減するのか、土壌品質がどのように改善したのか、引いては森の再生によりどれだけ人や地域が豊かになるのか、といった循環を念頭において評価までを実施することに意義があると思います。そして我々の役割は、5G を有効に活用してデータの収集や利活用を行うことにあると考えています。」
具体的な取り組みとして、現在CTC は株式会社LIFULL Agri Loop(ライフル アグリループ)と協業し、プロジェクトを進めている。本プロジェクトは、KET※ 1 を活かした肥料化触媒「Poop Loop(プープ・ループ)」の効果検証を通じ、農業畜産分野における新たなビジネスモデルの創出と循環型社会の実現をめざす(図2)。
畜産業で発生する糞尿は処理が困難なために、「悪臭・温室効果ガスの排出」「大量の硝酸塩の発生」などの問題を生じさせる。これらは、連鎖的に発生し環境汚染だけでなく、酪農経営の悪化にも繋がる。糞尿は窒素・リン酸・カリを含む有用な資源であるのにも拘わらず、膨大な量を安全に農地に使用する技術がないために、科学的な活用が進んでいないのが現状だ。「Poop Loop」は、水性触媒の物理化学反応により悪臭やGHG 温室効果ガスを排出せずに
畜糞尿を短時間で肥料化し、窒素成分をアンモニウムで安定化できる。これにより、農作物の高品質化と収穫量の増加を実現する。土壌の酸性化を防ぎ、栄養分の高い“健康な土”を作り出すことは、雑草を抑制し、土壌を入れ替えることなく循環型農業を実現する。農作物の生産量改善、ひいては食料自給率の向上にもつながるだろう。
CTC は本プロジェクトにおいて、従来から農地からの正確な温室効果ガス排出量の測定に取り組んできたノウハウを活かし、「Poop Loop」で肥料化した糞尿を投入した牧草地からの悪臭ガスやGHG 排出量を6ヶ月にわたり測定・可視化し、効果検証やカーボン・クレジット取引に向けた分析と検証を実施している。また、牧草の葉緑素量を計測・分析することで、高品質高糖度の牧草の収穫の最適な時期の予測も行い、酪農における飼料自給率の向上も同時に達成することで循環型農業の実現を目指す。尚、Poop Loop は畜糞尿だけでなく、下水汚泥や生ゴミなどの有機廃棄物にも応用できる。さらにCTC は、サキュラーソサエティ、スマートシティなど欧米のデザインの役目にも注目し状況に応じて協業・連携の検討をする考えだ。
これまで5G の活用について視点を変えてみることの重要性について触れてきたが、CTC は一方で現行の5G の課題(=不足点)を認識し、未来への取り組みも積極的に実施している。一例として、マサチューセッツ工科大学発のスタートアップLiquid AI, Inc. との協業によるエッジAI ソリューションがある。本協業では最小限の処理能力で順応性の高い機械学習を可能にする「Liquid Neural Network(リキッド・ニューラル・ネットワーク、以下:LNN※ 2)」と呼ばれる手法に基づくLiquid AI社のAI を活用して、エッジデバイスでの処理性能の向上を目指す。
※1:特殊な鉄触媒の物理化学反応で、有機物から無機物への循環を加速・安定化させる技術
※2:一般的な機械学習のモデルでは約10万個のニューロンを必要とする自動運転に関する計算を、LNNでは19個のニューロンで算出し、同等の結果を得ることが可能。これまで膨大な計算コストを必要としていたAIシステム基盤の縮小にもつながり、電力消費量、CO2の排出量の削減を図ることもできる。事前に学習したデータから逸脱した未知の環境や予期せぬ状況に対しても柔軟に学習が可能となるため、ドローンや車両の自動運転への活用が期待されている