日本の農業は、人手に頼った作業や、熟練者でなければできない作業が多いことから、農業従事者の減少・高齢化が深刻な問題となっています。こうした農業特有の課題解決や農業従事者の負担軽減に有効なのが、5Gを利用したIoT技術の導入です。日本国内では5Gの整備が急速に進められており、農業でもロボットによる作業の省力化やスマート農業の実施など、IoTを活用した取り組みが求められています。
本記事では、5G時代の到来で日本の農業はどのように変わるのか、農業分野におけるIoTの活用事例について解説します。
はじめに、日本国内における5Gの普及状況を踏まえ、農業の分野で5Gの利活用が求められている理由について解説します。
5Gとは「5th Generation」の略称で、「第5世代移動通信システム」のことです。5Gには「高速大容量」「高信頼・低遅延通信」「多数同時接続」の3つの特徴があり、4Gと比べて通信技術が飛躍的に進化しています。
工場での機械操作や遠隔医療、自動走行、VRなど、様々な業界で5Gの実用化が進められています。
日本国内においても5Gの整備が急ピッチで行われており、令和3年12月28日に総務省から大手通信会社4社に向けて、5G基地局整備の加速化に関する要請がありました。現在全国各地で基地局の設置が進んでおり、今後5Gを使えるエリアが全国に拡大する見込みです。
参考:総務省「5G基地局整備の加速化に関する要請について」
5Gは、業界・地域ならではの課題解決の手段として有効です。とくに農業では、IoTの利活用による課題解決が期待されています。総務省は、農林水産業分野におけるIoT利用の経済効果として、品質向上による単価の向上、生産効率向上による削減効果は合計で4268.2億円というデータを発表しています。
参考:総務省「5Gの利活用分野の考え方」
この章では、日本の農業の現状と課題について詳しく解説していきます。
日本国内における農業従事者の減少・高齢化は大きな課題です。農林水産省の「農業労働力に関する統計」によると、自営農業に従事している人の数は、平成29年の時点で150.7万人であったのに対して、令和3年は130.2万人と減少傾向にあります。また、令和3年の130.2万人の内、90.5万人が65歳以上となっており、担い手の高齢化が進むなかで、より人手不足は深刻化していくでしょう。
参考:農林水産省「農業労働力に関する統計」
日本国内の農地面積の減少や、荒廃農地の増加も問題となっています。日本の農地面積は、昭和36年~令和3年の間に、約113万haほど拡張された一方、工場用地や道路、家などへの転用や農地の荒廃などの影響もあり、609万haから434万9千haへと減少しました。
また、28.2万haが実際には耕作に供されておらず、耕作の放棄によって荒廃し、通常の農作業では作物の栽培が客観的に不可能な農地が増えています。この28.2万haの荒廃農地のうち、再生利用可能な農地は9.0万ha程度です。残りの19.2万haの約7割は、再生利用が困難な農地になっているため、優良農地の確保と有効利用が求められています。
参考サイト:農林水産省「荒廃農地の現状と対策」
農業者が減少するなか、一人当たりの作業面積は拡大しており、農作物の選別など雇用労力に頼る作業も多く見受けられます。また、トラクターの操作など、熟練者でなければできない作業も非常に多いです。
このような状況から、新規参入者にとってはハードルが高い仕事・身体的にきつい仕事であると感じてしまうケースも多く、農業従事者の減少・高齢化につながっていると考えられます。
前述した課題を解決するために、日本国内では農林水産省が中心となり、様々な取り組みを行っています。この章では、過去に行われた取り組みについて解説します。
農林水産省は、2019年度から「スマート農業実証プロジェクト」を開始しています。スマート農業実証プロジェクトとは、農業での人手不足や高齢化といった課題の解決に向けて、ロボットやAI、IoTなどの技術を積極的に利活用していく取り組みです。また、スマート農業の技術を実際の生産現場に導入して、どのような成果を得られたか、スマート農業の技術について広く発信することも目的としています。スマート農業に関する発信により、スマート農業の社会実装を加速化させていくのが主な狙いです。
スマート農業が実現すれば、以下のような作業が可能となります。
多くの人手が必要であり、危険が伴う作業が多い農業の仕事においても、スマート農業の技術を最大限に活かすことによって、人手を割かなくても効率的に作業を行えるようになるでしょう。
参考:農林水産省「スマート農業の展開について」
実際に農業分野でのIoT活用は日本各地で多く行われてきました。この章では、農林水産省のサイトより農業分野におけるIoT活用の事例を4つ抜粋して、紹介していきます。
参考:農林水産省「農業新技術活用事例(令和3年度調査)」
まず紹介するのは、スマート農業技術を取り入れた農家の事例です。この農家では、農作業に熟練していない若い社員でも、十分な生産性を確保できる大規模農業経営の確立を目指し、「スマートアシスト」や「GNSSガイダンス」を導入しました。加えて、農薬散布の効率化を目的に「農薬散布ドローン」を導入し、収穫量の向上を目的に「水稲センシング」も導入しました。
「スマートアシスト」の導入により、500筆以上のほ場を、社員がスマートフォンで確認しつつ作業進捗を管理できるようになりました。また「GNSSガイダンス」により、乗用作業機の操作に不慣れな社員でも適切な作業が可能となっています。さらに、「農薬散布ドローン」は社員が直接操作し、100ha以上の水稲カメムシ防除と大豆病害虫防除を実施するほか、「水稲センシング」で生育改善が必要なほ場の特定、基肥設計の改善や追肥を実施して収穫量の向上を実現しました。様々なスマート技術を導入して、生産性の向上を実現した事例です。
参考:農林水産省「スマート農業技術を取り入れた大規模経営の実現」
次に紹介するのは、ほ場管理システムと自動操舵田植機、ドローンを導入して作業効率化を実現した農家の事例です。この農家では規模拡大に伴い管理するほ場が増えたため、管理が煩雑になり、従業員の作業状況の把握が困難になっていました。また、作業効率化による人件費削減も課題の一つでした。そこで導入したのが「ほ場生産管理システム」と、GNSSによる「直進田植機」「農薬散布用ドローン」です。
「ほ場生産管理システム」の導入後、作業するべきほ場をパソコンやスマートフォン上で可視化し、確認作業をスムーズに行えるようになりました。また、一筆ごとに品種や肥料の施用量、作業の進捗を入力し、圃場ごとの生産管理を行うことで、収量と品質の向上、作業効率化につながりました。
「直進田植機」の導入後は、苗や肥料の補給作業等の人件費削減と同時に、密苗にも取り組んで軽労化も実現しました。その後「農薬散布用ドローン」も導入し、防除作業のコスト低減に努めています。
参考:農林水産省「ほ場管理システム、自動操舵田植機、ドローン導入による作業効率化」
続いて紹介するのが、農薬散布用ドローンを導入して、作業効率化を実現した事例です。ある農家では市街化が進んだ影響で、住宅に近いほ場や交通量の多い道路に面するほ場など、無人ヘリでは防除が困難な場所が年々増えていることが課題でした。そこで、JAのモニター販売による「農薬散布用ドローン」を導入し、無人ヘリ防除との連携により効率的に防除作業を実施しました。
「農薬散布用ドローン」は非常に小回りが利くため、住宅に近いほ場などでも散布が容易になりました。また、機体の高度をオペレーターの目線近くまで下げれるようになったため、散布状況をスムーズに確認できるメリットもあります。加えて、積み下ろしなどの手間がかからず、無人ヘリよりも少ない人数で作業できるため、作業員の負荷軽減にもつながりました。さらに、ドローンは騒音やドリフト、洗濯物への影響などがヘリと比べて小さいため、住民からの苦情も減りました。
参考:農林水産省「農薬散布用ドローンの導入による作業の効率化」
最後に紹介するのは、ロボット草刈機を導入し、除草作業の無人化と省力化を実現した事例です。あるりんご園では、9haほどの樹園地の除草作業を人手により約20日おきに行っていました。そのため、除草にかかる人件費等の経費負担、夏季高温の環境下での作業に伴う労働者の負担が課題とされてきました。そこで、ロボット草刈機を導入し、設置ほ場内の除草作業の無人化・省力化を実現しました。また、除草作業に関わる人手やコストを削減できたため、収益につながる作業に注力できるようになったことも大きな成果です。さらに、夏季高温の環境下での作業や傾斜地等の場所での作業を行う必要がなくなり、従業員の負担軽減・労働環境改善にもつながりました。今後は、ロボット草刈機の数を増やし、全面積の除草作業の無人化と省力化、経営の効率化を目指しています。
参考:農林水産省「ロボット草刈機導入による除草作業の無人化・省力化の実現」
日本国内の農業のおもな課題として、従事者の減少・高齢化や、農地面積の減少と荒廃農地の増加、熟練者や人手が必要とされる作業が多いことなどが挙げられます。5Gの利活用が求められる時代になり、農業においてもIoTの技術を導入してこれらの課題を解決していくことが必要です。本記事で紹介したとおり、ほ場生産管理システムや農薬散布用ドローンなどを活用し、農家特有の課題解決や業務効率化を実現した事例は多くあります。課題解決手段の一つとして、IoTの利活用を積極的に検討してみてください。