IoTシステムでは、センサーや制御装置を搭載した複数台の機器を利用して大量のデータを収集します。そして、収集したビッグデータを扱う通信インフラとして、活用が進められているのが5Gです。本記事では5GやIoTの概要を踏まえて、両者を組み合わせる利点や実用事例について解説します。5GとIoTの活用方法を検討している方は、ぜひ参考にしてください。
5Gとは、第5世代移動通信システム(5th Generation)の略称です。5Gの研究開発は2015年から始まっており、実証実験を経て2020年3月から商用サービスが開始しました。第1世代から第4世代までの経緯を踏まえつつ、第5世代の特徴について解説します。
移動通信システムは1980年代の第1世代から始まり、およそ10年ごとに新たな世代へと進化を遂げています。最大通信速度は30年間で約10万倍に達しました。
第1世代(1979年~):最初の世代では、音声をアナログ変調方式で電波にのせて送信していました。ラジオやTVなどのアナログ放送で用いられるFDMA(周波数分割多元接続)を採用しており、同時に通信するユーザーごとに異なる周波数を割り当てる方式です。第1世代で携帯電話の移動通信技術の基礎が確立されました。
第2世代(1993年~):アナログ方式に代わってデジタル方式を採用し、データの符号化や圧縮が可能となったことで、必要な帯域が大幅に減少しました。アクセス方式はFDMAとTDMA(時分割多元接続)を採用しており、TDMAとは同時に通信するユーザーごとに異なる時間スロットを割り当てる方式です。利用料金の低下や通信速度の向上により、携帯電話の加入者が大きく伸び、世の中に広く普及しました。
第3世代(2001年~):日本国外でも端末が利用できるよう、技術方式の標準化が進められました。アクセス方式はCDMA(符号分割多元接続)を採用し、同時に通信するユーザーごとに異なる拡散符号を割り当て、時間と周波数を共有してもユーザーを区別できるようにしています。広帯域の通信が可能となり、さらに高速大容量化したことで、携帯電話にカメラやアプリケーションサービスなどが追加されて高機能化しました。
第4世代(2010年~):LTEやLTE-Advancedと呼ばれる第4世代が商用開始し、iPhoneやAndroidのスマートフォンが登場しました。アクセス方式は下りにOFDMA(直交周波数分割多元接続)、上りにSC-FDMA(シングルキャリア周波数分割多元接続)が採用されています。OFDMAとは、ユーザーの無線環境に応じて時間や周波数のリソースを基地局が割り当てる方式で、SC-FDMAはOFDMAをベースとして低消費電力化したものです。複数のアンテナでデータを並列に送るMIMO(Multiple Input Multiple Output)により、伝送容量が拡大したことも特徴です。
※参考:第5世代移動通信システム(5G)の今と将来展望 P3
※参考:総務省 令和2年情報通信白書 第1部 第1章 第1節2(2)移動通信システムの進化とその影響
5Gの特徴は、主に「超高速通信」「超低遅延通信」「多数同時接続」の3つが挙げられます。4Gまでにはない、超低遅延通信と多数同時接続の機能が加わり、IoT時代の情報通信技術の基盤となることが期待されています。各特徴について説明します。
5Gは、4Gと比べて10倍以上の通信速度が見込まれており、高精細映像や大容量コンテンツの高速伝送が期待されています。4Gまでの技術の進化の延長線上にある特徴です。
4Gと比べて10分の1程度である10ミリ秒オーダーの遅延時間が実現可能です。自動運転などリアルタイム性が求められる制御が可能となることで、さまざまな産業における活用が期待されています。
5Gは、1平方キロメートルあたり100万台程度の同時接続を可能とします。IoTシステムで要求されるような膨大な数のセンサーや端末が存在していても通信に支障をきたさないように設計されているため、多数のデバイスを同時接続するケースには欠かせない要件です。
※参考:総務省 令和2年情報通信白書 第1部 第1章 第1節3(1)5Gの利用シナリオと主な要求条件
2022年に提供を開始したローカル5Gは、各地域や産業分野のニーズに対応し、5Gの利用促進を図るために導入された制度です。企業や自治体など、さまざまな主体が柔軟に構築できる5Gシステムであるため、通信事業者によるエリア展開が進んでいない地域においても独自に5Gシステムを導入できます。
ローカル5Gのメリットは、大手通信事業者の提供する5Gサービスと比較して、通信障害や災害、ネットワークの輻輳の影響を受けにくい点です。デメリットとしては、無線免許を取得しなければならない点が挙げられますが、自社に専門的知識のない利用者のニーズにも応じられるように、無線局免許を取得した他者のシステムが利用可能となる取り組みも進められいます。IoTシステム構築のため、自社工場にローカル5Gを導入している企業も増えています。
※参考:総務省 令和2年情報通信白書 第1部 第2章 第4節4(2)ローカル5Gの導入
※参考:第5世代移動通信システム(5G)の今と将来展望 P33
IoT(Internet of Things)は、日本語ではモノのインターネットと訳されます。さまざまな機器がインターネットに接続されて情報のやり取りを行い、便利な環境やサービスを実現するというものです。IoT機器はセンサーや制御機器を搭載したあらゆる機器を対象としており、パソコンやスマートフォンなどの通信機器に限りません。世界のIoTデバイス数は年々増加しており、2020年には253億台、2023年には340.9億台に達すると予測されています。
※参考:総務省 令和3年情報通信白書 第1部 序章 補論2(2)IoTデバイスの急速な普及
IoTのシステムは、さまざまな機器や技術要素を連携した複合的なものです。一般的なシステム構成で使われる要素について、それぞれ紹介していきます。
現場に設置されたIoTモジュールであり、センサーやアクチュエータ、制御用IC、無線通信機能などを備えます。工場であれば、温度や位置を検出するセンサー機器、産業用ロボットなどがあります。
ネットワークを中継する機能や、中継機能を持つ機器です。多種類の通信規格に対応し、エッジデバイスで収集したデータをゲートウェイが通信してサーバーやクラウドに転送します。
デバイスから吸い上げたデータの収集、分析を行う機器です。自社で運用するオンプレミス方式と、クラウドサービスを利用するクラウド方式があります。
エッジデバイスに搭載されたセンサーで取得した情報を無線通信で送信し、ゲートウェイを経由してサーバーやクラウドに送ります。送信された先で行うのは、大量のエッジデバイスから収集したビッグデータの処理や分析です。AI(機械学習)による分析や、新たな予測モデルを作成することもあります。分析結果は現場の人へフィードバックして現場作業の効率化につなげるほか、現場のエッジデバイスに搭載したアクチュエータの制御にも用いられます。
これまで、IoTの利用に特化したさまざまな通信が開発、実用化されてきました。IoTで用いられる通信には、主にエッジデバイスやゲートウェイなどのローカル内の通信、エッジ側とサーバー側との通信の2種類があります。
Wi-FiやBLEはローカル内通信向きであり、長距離通信のできるモバイル通信やLPWAはサーバーとの通信に向いています。各通信の特徴とそれぞれの違いについて、詳しく説明していきます。
携帯端末向けの移動通信システムであり、高速で長距離通信が可能です。5Gは超低遅延通信であるため、自動運転などのリアルタイム性が求められる用途に適しています。
低消費電力で長距離通信が可能です。通信速度は低速なものの低コストであるため、大量のデバイスで通信するIoTの使い方に適しています。LoRa、Sigfoxなどさまざまな規格があります。
汎用的に用いられる通信方式で、対応するデバイスが豊富かつ安価です。2.4GHz帯と5GHz帯を使うものに分けられ、2.4GHz帯は電子レンジなど電磁ノイズの影響を受けやすいです。
近距離無線通信規格であるBluetoothのなかでも、省電力通信が可能であることからIoT向きです。BLEビーコンはデバイスが発信する電波を受信して距離の測定ができるため、位置情報検知に活用されます。
4Gまでのモバイル通信やLPWAなどの通信でもIoTシステムを構築できますが、5Gのインフラが整うことでIoTをより活用できると期待されています。高速・大容量、超低遅延、多数同時接続という5Gの3つの特徴について、IoTシステムがどのように発展するかという観点から解説します。
複数のIoT機器から高頻度で送られる大量のビッグデータは、そのデータ量の多さから、求められる処理時間での対応は困難です。5Gは、最高伝送速度10Gbpsという2時間の映画を3秒でダウンロードできるほどの超高速通信が特徴です。そのため、IoTシステムの大容量データの送受信にも対応しやすくなるでしょう。一般的に、エッジデバイスで取得したデータ量が多くなるほど、よりきめ細かな分析や制御ができます。AIの機械学習に活用する際にも、学習データが多いほど性能の高いモデルが構築でき、高精度な物体検出や機器の自動化が可能となります。
高速で移動する車の自動運転は、1秒の判断の遅れが事故につながることもあります。自動運転では車に搭載したセンサーの情報をもとに瞬時に制御しますが、超低遅延という5Gの特徴が役立ちます。要求される遅延時間は、IoTシステムの活用先によって異なります。たとえば、自宅の空調の制御は数秒遅れても人体などに影響を与えることはないでしょう。しかし、自動運転や手術ロボットの遠隔操作などは、わずかな遅れが致命的となり人命にも関わります。5Gは、リアルタイム性が求められる分野や産業への活用が期待されています。
5Gを用いると複数のIoT機器を同時接続して通信できるため、IoT機器が多く存在するシチュエーションで活用できます。たとえば、工場内では自動搬送ロボットやライン監視などに多くのセンサーが用いられ、通信対象となるデバイス数も多いです。大量のデバイスが同時に通信し、センサー情報の収集や分析を行うことで、工場全体での作業効率化につながります。他にもコンサート会場やスタジアムなど、大人数が集まる場所でも各々が快適に通信できるようになるでしょう。スマートフォンに搭載された位置センサーを用いて人々の位置情報を取得し、混雑状況を監視することも可能です。
※参考:第5世代移動通信システム(5G)の今と将来展望 P5
5GとIoTの活用を進める際に、問題となり得る要素や検討すべき要素について解説します。5Gのモバイル通信に起因する内容と、IoTの仕組みや機器に起因する内容を併せて紹介します。
5Gでは超高速通信を実現するために、数百MHzの広周波数帯域や30~300GHzのミリ波などの高い周波数帯域を使用します。しかし、周波数帯域が高いほど電波の直進性が増し、障害物があっても回り込めず、電波が届く範囲が狭くなることがデメリットです。そのため、障害物の多い屋内や、電波が遮蔽されやすいトンネル内などでは、5GよりもLPWAやWi-Fiのほうが有利な場合もあります。
5Gの基地局と端末間の通信は無線で構成されますが、基地局から先のコアネットワークは大半が有線で構成されます。5Gの超高速通信を実現するためには、高速回線である光ファイバーの整備を進めなければなりません。光ファイバーの整備率は令和3年3月時点で99.3%に達するものの、離島や山間地などの地域で整備の遅れがみられています。整備が不十分な地域で5Gを利用する際には、独自に導入可能なローカル5Gを検討するのもよいでしょう。
データを取得するために接続するエッジデバイスの台数の増加や、センサーで取得するデータの取得頻度が上がることで、取得データが膨大な量になることもあります。取得した大量データの保存や加工、分析をサーバーで行うためには、多くのリソースが必要です。データ保存に用いる容量やコストが増えるだけではなく、通信コストも増加するでしょう。
5Gを活用するよりも、エッジデバイスやゲートウェイ上で処理するほうが有効な場合もあり、この技術をエッジコンピューティングと呼びます。エンドデバイスに搭載された制御IC上でデータ処理を行い、即座にフィードバックすることも可能です。また、センサーで収集した生データをそのままクラウド上のサーバーで保存すると容量が大きくなるため、一度エッジデバイスの制御ICで前処理し、整備されたデータのみをサーバーに送るという解決策もあります。ただし、エッジデバイスの処理性能を高めると、コスト上昇や消費電力増加につながるため注意が必要です。
システムの構成によっては多くの台数のエッジデバイスを必要としますが、機器の性能が限られるため適切なセキュリティ対策が困難な場合があります。そのため、エッジデバイスがサイバー攻撃を受けるおそれもあるでしょう。実際にサイバー攻撃関連の通信ではIoT機器を狙ったものが最も多いため、対策を検討しなければなりません。
ローカル5Gは外部のネットワークから切り離されるため、高いセキュリティを担保できることが期待されます。また、機器の認証にSIMカードを使うことや、5Gの高周波電波は障害物の回り込みに弱く屋外へ電波漏えいしづらいことも、セキュリティ面ではメリットといえるでしょう。
※参考:総務省 令和2年情報通信白書 第1部 第1章 第1節3(3)5 Gの実現のために導入されている技術
※参考:光ファイバーの整備状況
※参考:総務省 令和4年情報通信白書 第2部 第4章 第5節2(1)IoTに関する取組
5GとIoTを活用した5つの事例について、5GやIoTの技術を用いる理由や利点を解説します。
車の自動運転を実現するには、車両に搭載した複数のセンサーによる車両周辺の環境認識と、その情報をもとに高速かつ正確に車体を制御する必要があります。5Gの高速かつ低遅延な特徴を活用して、周囲の状況に応じたリアルタイムな判断が可能です。
車体にはカメラやミリ波レーダー、レーザー光を用いた測距技術であるLiDARなど複数のセンサーが取り付けられ、道路や構造物、周辺の車両や人を認識します。また、GPSによる位置情報や車両の速度などのデータから現在位置の推定が可能です。各センサーから収集した情報を分析して、前方の車両の追随や周囲の車両との衝突防止、道路標識に従った走行など自動運転車に求められる走行を実現しています。
※参考:ADAS(Advanced Driver-Assistance Systems,先進運転支援システム)の開発に関する基本情報
IoTやAI技術を取り入れた工場をスマートファクトリーと呼びます。工場の人手不足の改善や、生産性向上のため導入が進められてきました。工場内にあるセンサーを介して生産ラインや工作機械、作業者に関するさまざまなデータを収集し、異常発生時の検知やボトルネックとなる工程の発見、工場全体でのエネルギー効率の最適化などにつなげます。他にも、製品の組み立てに用いるロボットアームがセンサーデータをもとにAI学習を行い、対象物の性質に合わせて手先の向きや力具合を調整するといった自律的な作業も実現可能です。
ローカル5Gを工場内に導入してネットワークを構築している事例もあります。工作機械やロボットアーム、自動搬送ロボットなど厳しいリアルタイム性が求められる用途において、超低遅延である5Gが活用されています。また、遠隔の作業者による検査工程の確認や、熟練の作業者による現場作業の確認など、確認作業の効率化や危険な現場での確認作業が不要となることもメリットです。
※参考:製造現場におけるローカル5G等の導入ガイドライン
外科手術のなかには病変部の切除などの繊細な処置がありますが、外科医の技術に大きく依存しています。そのため、外科医の作業をサポートするロボット技術の開発が進められてきました。現状では、執刀医師が同じ手術室内にある手術支援ロボットを操作し、切除時の手振れ補正や内視鏡画像の3D化といった形でロボットを活用する支援が行われています。
離れた位置からネットワークを介して手術する、遠隔ロボット手術支援の技術開発も進められており、5Gの高速かつ低遅延な特徴が活用されていくでしょう。遠隔手術では医療機器としての高い信頼性が求められ、ネットワークトラブルが発生しても安全に手術が継続できなければなりません。この技術により、地方の外科医師不足や医療格差といった課題の解決が期待されます。また、手術データの蓄積によってAIを用いた手術ナビゲーションなどの支援技術が実現できる可能性もあります。
※参考:5Gを活用する遠隔ロボット手術ソリューション - 産学官連携でイノベーションの高速化にチャレンジ
スマートシティとは、一つの街全体でエネルギーや交通網などのインフラを管理、効率化し、生活の質を向上させる構想のことです。たとえば、日中は住宅の電気の消費量が少ないため公共交通機関で優先的に利用し、太陽光発電による電力の蓄電も行います。その代わり帰宅時間以降は住宅へ優先的に電力供給するなど、街全体で効率化を図ることで無駄なエネルギー消費を抑えられます。
スマートシティの実現には、エネルギー消費量や交通量、温度や湿度などの環境情報のモニタリングが必要となり、センサーを内蔵したIoTデバイスが用いられます。収集したビッグデータを活用する通信インフラとして、超高速、低遅延、同時多数接続が可能な5G技術が役立つでしょう。
※参考:デジタル技術と5Gで進化するスマートシティの未来像
ロボットやAI、IoT技術を活用する農業をスマート農業と呼びます。近年、農業に携わる人材の高齢化・後継者の減少により、労働力不足が進んでいますが、依然として人手を必要とする作業や熟練の技術を要する作業が多い状況です。スマート農業を実現することで、農作業の自動化や情報共有の簡易化、データ活用による生産性効率化などの効果が見込めます。
たとえば、トラクターが周囲の環境を認識しつつ自動走行するロボット農機、水田の水位を計測して給水バルブを制御する管理システム、作物の画像データをAIで解析して認識および自動収穫するといった活用方法があります。このようなスマート農業の実現には、土壌や農地のデータ、気象データ、過去の収量データなどのさまざまなデータを活用できる環境が必要です。5Gの通信環境で、データ活用の効率化を実現できると期待されています。
※参考:スマート農業の展開について 農林水産省
第5世代移動通信システムである5Gは、超高速通信、超低遅延通信、多数同時接続という3つの特徴を持ちます。これらの特徴から、複数のデバイスで大量のデータを収集するIoTと組み合わせるメリットは非常に大きいといえるでしょう。
5GはIoT機器から収集したデータを通信するインフラとして活用された多くの事例があります。低遅延という特徴から、リアルタイム性が重視される自動運転や遠隔手術ロボット、産業用ロボットなどの分野にも活躍の場が広がっています。ただし障害物の多い屋内では5Gの電波が届く範囲が狭くなることや、IoT機器におけるセキュリティ面での懸念もあるため、導入の際には対策も併せて検討するとよいでしょう。