伊藤忠テクノソリューションズ株式会社(以下、CTC)は、国立大学法人新潟大学(以下、新潟大学)と共同で新潟市をフィールドに、農地における温室効果ガス(以下、GHG)の放出量測定に関する実証実験に取り組んでいる。本稿では、その背景と構想について紹介する。
(株式会社ビジコミ発行 ビジネスコミュニケーション2023年10月号掲載記事を一部編集)
(左から)
新潟大学 農学部
教授 長谷川 英夫氏、助教 斎藤 嘉人氏、助教 永野 博彦氏
伊藤忠テクノソリューションズ株式会社
金融NEXT 企画部 ビジネス企画課
藤井 敬大
昨今、日本の農業においては、担い手の減少、資源価格の高騰などによる農業経営の圧迫、耕作放棄地の増加といった課題が散見される。
一方、カーボンニュートラルの実現に向けた施策として、食物残渣などの有機物を用いた土づくりを通し、土壌の二酸化炭素(CO2)の排出を抑える「炭素貯留」の取り組みが注目されている。
また、GHG の放出量や削減量を売買するカーボンクレジットが、農業分野での新たな収入源として期待されている。
カーボンクレジットの側面から見ると、農地のポテンシャルは、森林や海洋と比較して非常に高い。
GHG 削減効果は森林656 万トン、海洋1,140 万トンに対し、農地は2,900万トン。経済効果は森林3,800 億円、海洋1,200 億円に対し、農地は1.5 兆円。さらに2050 年には農地は約4,700 万トン、約2.0 兆円の経済波及効果があるとも言われている※1
農地に大きなポテンシャルがあるとされながらも、カーボンクレジットを活用しようとする農産物生産者はほとんどいない。
2013 年に創設されたGHG の排出削減量を売却することで利益を得る「Jークレジット制度」があるものの、農業関係で売却可能なクレジットを取得したのはわずか4 件に留まっている※2。
こうした実態の理由として、“GHG削減量の計算や申請手続きの煩雑さ”が考えられる。煩雑さ故に申請手続きを途中で断念する生産者も少なくないという。
つまり、GHG の放出量・削減量は机上での計算に留まっていて、自分の所有する農地における正確な値を知る術がないことが、カーボンクレジット活用の足かせとなっている。
こうした背景の下、CTC は、精度の高いGHG 量の測定方法や、信頼性のあるデータをデジタル化して管理することにより、課題を解決したいと考えている。
「我々がヒアリングを実施する中で、若い世代の就農希望者から、やはり費用面がネックになっているという声が聞こえてきています。
GHG 削減に寄与する“脱炭素農業”により農業所得向上が実現すれば、儲かる農業の実現、後継者の増加、耕作放棄地の削減といったことにつながると思います。
そのための第一歩として生産者が自らの農地から放出されるGHG を正確に測定できる仕組みをつくることが必要だと考えています」(藤井)(図1)。
図1 取り組みのテーマ
CTC は、新潟大学と共同で正確なGHG 放出量の測定やデータの可視化に関する実証実験を実施している(図2)。
実験では、新潟大学がGHG 放出の削減量をデジタル測定する手法の実証を担当し、CTC はデータ管理や可視化のシステム構築を担う。
さらに、測定したデータをもとに、カーボンクレジットの取引や、GHG 放出量の削減に貢献した生産者の活動実績のNFT 化を目指す意向だ。
構想の概要は以下のとおり。尚、実験実施期間は2023 年6 月から2024年3 月の予定。
どれだけGHG 放出量を削減したのか正確に測定する方法がない、GHG 放出量削減に貢献した生産者を応援する仕組みがない、という2つの課題に対し、以下の4 つのテーマを実証する。
図3 大気中と地中のGHG 放出量の測定
※1:農林水産省 『 食料・農林水産業の CO2 等削減・吸収技術の開発プロジェクトに関する研究開発・社会実装の方向性 』 2022.2
※2:日本農業新聞 『 J ークレジット制度 農業「取得」 4 件止まり 煩雑な温室ガス削減量の算定 』2023.3.22 )より