伊藤忠テクノソリューションズ株式会社(以下、CTC)は量子コンピュータの活用に向けたサービス「CUVIC for Quantum」を提供している。同サービスは、量子コンピューティングの活用を支援するサービス群で、量子コンピューティングサービス、量子コンピュータ向けのアプリケーション、複数の量子コンピュータを束ねるクラウド型プラットフォームとマネージドサービス、人材教育サービスなどを含む。本稿ではその概要について紹介する。
(株式会社ビジコミ発行 ビジネスコミュニケーション2024年4月号掲載記事を一部編集)
(左)マネージドサービス企画・推進本部
マネージドサービス開発部
リードスペシャリスト 松本 直樹
(右)技術戦略本部 テクノロジーリサーチ第2部
部長 清水 大
量子力学の原理を用いて大量の計算を同時に実行できる量子コンピューティング。近年、組み合わせ最適化やシミュレーション、機械学習、セキュリティなど幅広い分野で実用したいとする機運が高まっている。
また、科学技術・イノベーション政策の司令塔としての役割を担う内閣府科学技術イノベーション推進事務局は、量子未来産業創出戦略の「未来社会ビジョンに向けた2030 年に目指すべき状況」として以下の3つを掲げている※1。
しかし、量子コンピューティングの本格的な実用については、未だ国内外の企業や研究者が性能と安定性の向上に対する取り組みを行っている段階にある。そもそも現状では日本製の量子
コンピュータの初号機が2023 年3月に公開されたばかりである。また、量子コンピュータで計算処理する際に発生する誤り(=エラー)の訂正という課題を解決しない限り前進はない。さらに、コスト面でのハードルも高い。
こうした背景の下、CTC はCUVIC for Quantum を提供している。本サービスは、数年先にある量子コンピュータ実用化に向け、世界中で様々な量子技術を開発しているパートナーとCTC が共創し、量子技術を活用することでお客様のビジネスをワンストップで支援するというものだ(図1)。
図1 CUVIC for Quantum 概要
その一環として、CTC は2023 年10 月から量子コンピューティングについての無料オンラインセミナーを開催している。本セミナーの目的は、量子コンピューティングの基礎知識を高めることにある。量子コンピューティングの概念は、既存の概念と大きく異なるため、独学では挫
折することも多い。本セミナーは量子コンピュータの仕組みから市場動向までを有識者が分かりやすく紐解いていく。
2024 年1 月に終了した基礎・入門編では、「量子コンピューティングを自社のビジネスに活用したいが、何から始めて良いのかわからない」といったお客様に加え、CTC社内からの参加もあり、大きな反響を呼んだ。また、2024 年2・3 月に実施した「量子コンピューティングプログラミング体験1日コース」では、午前の部で「量子コンピューティング 基礎・入門編」の内容を説明したうえで、午後の部では量子コンピュータの基本的な考え方、何故処理スピードが速いのか等を“体験できる”Python ※ 2 を利用したプログラムを実施した。量子コンピューティングに触れ、その価値を体験できる機会は滅多にないだけに好評を博した。
CTC は量子コンピュータの潮流を迅速に捉え、お客様のビジネス拡大に貢献するために、4 つのサービスメニューを提供している(図2)。
図2 CUVIC for Quantum サービスメニュー
現在、先鞭を切って量子コンピュータを操作するためのクラウドサービスを提供しているのは
Amazon、IBM、Microsoft の3 社だ※ 3。CTC はマルチベンダーという強みを活かし、これら全社の利用ライセンスの提供を行っている。
例えばAmazon の場合、CTC が提供している複雑化・高度化するシステム運用の負荷低減や、セキュリティ強化を支援するオープンハイブリッドクラウド統合基盤サービス「CUVIC」 の一つである「CUVICon AWS」を契約することで、AWSの「Amazon Braket」の利用が可能となる。また、お客様のニーズに応じてIBM の「Qiskit Runtime」、Microsoft の「Azure Quantum」も利用できる。標準サービスとして量子コンピュータ環境の利用開始をサポートする機能が付いているため、安心して先端技術の研究、プラットフォーム性能比較、ビジネス化目的のPoC 実施などさまざまなシーンに量子コンピューティングを活用することが可能だ。
誤った認識を抱きがちだが、“量子コンピュータ活用すること”は“既存コンピュータを利用しなくなること”ではない。高度な解析や分析を量子コンピュータで行いつつ、量子誤りを低減する仕組みや人とコンピュータ間のインターフェィスには既存コンピュータの技術が活用され
る。そのため、量子コンピュータの活用には、既存コンピュータとのハイブリッド環境が不可欠となる。これらに的確に対処すべくCTC は株式会社QunaSys、株式会社Jij とパートナー契約を結び、両社とタッグを組んでお客様の量子コンピューティングの活用領域の探索や検証を
行う(図3)。既述のとおり、内閣府科学技術イノベーション推進事務局は「未来社会ビジョンに向けた2030 年に目指すべき状況」の中で“未来を切り拓く量子ユニコーンベンチャー企業”に触れているが、両社はまさしく最も勢いのあるスタートアップとして注目されている企業で、それだけにお客様からの信望と期待は大きい。
図3 量子活用アセスメント・アルゴリズム検証サービス ‒
*本サービスのスコープは上図のうち「活用領域探索」から「検証と評価」のフェーズ
アセスメントの内容としては、お客様のビジネス領域に即した論文をグローバルに調査し、お客様のニーズに活用できる内容のものがあれば論文執筆者や有識者にコンタクトを取り、必要に応じてインタビューを代行する。また、ユースケースを分析し、優先順位を付けて順に検証を行う。その後最終的にレポートにまとめ提出する。
実際、量子コンピュータを活用するようトップダウンで通達され、困惑されている現場担当者は少なくないという。そうしたケースにおいてもこの「量子活用アセスメント・アルゴリズム検証サービス」は非常に有効だと考えられる。
CTC のグループ会社であるCTCテクノロジー株式会社と株式会社QunaSys と一緒にテクニカルトレーニングを3 ステップで提供する(図4)。オープン1 日コースは、基礎入門と体験プログラミング。さらに企業向け3 か月研修では量子ソフトウェア開発体験・エラーとシミュレーション技法等、企業向け6か月研修では量子研修の基礎や組み合わせ最適化問題を実機で学ぶといったプログラムを用意している。
図4 テクニカルトレーニング
CTC は今後もプログラムを順次開講し、お客様と共に量子コンピューティングのマーケット開拓に注力していく方針だ。
今後CTC はクラウド型量子コンピューティングサービスの拡充を図り、複数の量子アルゴリズムやSDK を提供し、多様な量子コンピュータとの接続を可能にするプラットフォームの構築にも順次取り組む計画だ。
「なぜ今、量子コンピューティングを実用に向けて動き始めるべきなのか?」CTC はその理由の1つに先行優位性を挙げている。量子コンピューティング向けハードウェア、ソフトウェア(アルゴリズム)は確実に進歩し、技術の進化も数年前の予想を超え、年々スピードアップし
ている。量子コンピュータのポテンシャルは非常に高く、企業の競争力を高める重要な要素となることは確実だ。だからこそ社内の活用可能領域を数多く見つけるために、早期出動が重要となる。
CTC は2017 年から計算能力や実用性を含めた量子コンピュータの利用について検証に着手してきた。その間、蓄積してきた知見と、パートナーを選ぶ“目利き力”、そしてお客様目線に立って伴走する姿勢を武器にこれからも量子コンピュータ実用の未来を見据え、その可能性への挑戦を続けていく。
※1「量子未来産業創出戦略概要」内閣府 科学技術・イノベーション推進事務局(R5.4.14)
※2 数値計算からWebアプリ開発、AI開発など幅広い用途で利用できる高水準汎用プログラミング言語。シンプルな文法で理解しやすいことから非常に人気が高く、近年のAI分野の発展により、今後ますます需要が高まると予想されている※3 これら3社に続き、2023年に日本理化学研究所が日本国産のゲート方式の量子コンピュータの稼働を開始している